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LIVE in the DARK

2021/3/19(FRI) 笹川美和

2021年3月。春分の日を前に桜の開花が報じられた東京で、実に1年ぶりのLIVE in the DARKが開催された。その記念すべき夜を任されたのは、圧倒的な歌唱力で季節の移ろいや心のゆらめきを歌い上げるシンガーソングライター、笹川美和。LIVE in the DARKを愛してやまない彼女の音楽世界に再会できる喜びが、会場のコニカミノルタプラネタリウム“天空”に満ちていた。

足を踏み入れると、ドームには懐かしい夕空。まるで故郷に帰ってきたような安心感に包まれる。しばらくしてBGMが止むとサポートメンバーの登場だ。ピアノの佐合庸太郎、ヴァイオリンの根本理恵、そしてベースの渡邉紘によるトリオ。チューニングの音が心地よく響く中、黒いドレス姿の笹川が現れ、ステージ中央に腰かける。「拍手はいちばん最後までとっておいて、ぜひ星の世界を堪能してください」。穏やかな口調に歓びがあふれる挨拶に、暖かな拍手が沸き起こった。

一瞬の静寂のあと、ピアノの前奏とともにスタートしたのは、1曲目「泣いたって」。笹川の声に弦の音が絡みあい、一瞬で世界観に引き込まれた。2曲目は「霧」。人を愛することの複雑な感情を夜霧に託す、エキゾティックな旋律がたゆたう中、空の色は濃さを増し、やがて星が瞬きはじめる。曲の終わりで、会場は暗闇に包まれた。ひさしぶりに体感したLIVE in the DARK――音楽と星空の見事な融合に、序盤から涙がこぼれた。

3曲目の「星の船」は、どこか懐かしいゆったりとした楽曲。「季節が変わった 今、変わった」と歌う声に合わせ、星空もまた、ゆっくりと日周し季節の移り変わりを表現していく。4曲目の名曲「流れ星」では星空がダイナミックに緯度変化する。「愛とは無限の流れ星」。心に残るフレーズが、一瞬の流星のように、体を満たしていった。

少しポップなイントロが流れると、5曲目「紫陽花」の世界へ。ドームには大きな月が現れ、一面の紫陽花が月光に照らされ輝いている。5月の雨を想う曲が終わると、笹川のMCで「今夜のセットリストは1年前の6月、梅雨/初夏をイメージして作りました」と解説が。緊急事態宣言による延期で季節はずれたが、いいセットリストができたので、そのまま届けたかったという。

「次は、少し雰囲気を変えて」という言葉とともに演奏されたのは、日本が誇る昭和歌謡のスタンダードナンバー「黄昏のビギン」。「雨に濡れてた 黄昏の街」ではじまる中村八大の洒脱な名曲に、笹川の声は驚くほど似合う。ピアノと弦の音もしっとりと寄り添い、緯度変化していく星空とあいまって、酔いしれるような時間だった。

続く7曲目は「無情」。「あたしを求めてくれるのならば あたしはあげるはあなたに」と歌い上げる激しい曲に合わせるように、星空には火の粉が舞い上がり、やがて深紅の花びらへと変化していく。8曲目の「琥珀色の涙」を挟み、9曲目は「蝉時雨」。穏やかな歌いだしとともに、星空から滑り落ちるように水たまりから空を見上げるような視点に変化する。ドームには光を透かした水面が広がり、やがて上昇していく。忘れられないのは、終盤のサビを笹川がアカペラで歌い上げる瞬間、一瞬だけ広がった満天の星。圧倒的な幻想体験だった。

「これだからやめられないんですよね、LIVE in the DARKは!」という感嘆からはじまった2回目のMCに、会場は熱い賛同の拍手に包まれた。「目の前にみなさんがいるといないとではこんなにも違う」という笹川の言葉は、裏を返せば聴き手の思いでもあっただろう。生の音楽だからこそ、この星空がこんなにも染み入るのだと。

今回のLIVE in the DARKのため、笹川とメンバーが作った新曲「アルタイル」が始まると、ドームにはわし座を中心に夏の星空につつまれる。2度目のサビではこと座やはくちょう座、さそり座などの星座絵が浮かび上がり、「いつも 今も 心に広がっている」という歌詞とリンクしていく。そして11曲目の「光とは」。ゆっくりと歩みだすような音楽に合わせて、空は明るくなっていく。最後の挨拶で笹川が「ラストはこの曲に決めている」と語った12曲目「高鳴り」とともに、会場は希望の夜明けを迎えた。

終盤、星々が音の粒になって、体に染みわたっていくような感覚に震える場面もあった。緊張にこわばっていた身体がほぐれ、ああ、これを欲していたんだなと実感した。3度目となった笹川のLIVE in the DARKは、「これだからやめられない」という彼女の言葉そのままの経験だったと思う。星々や月と同じように音楽は私たちを癒し、目に見えずとも、いつもそばで支えてくれる。「アルタイル」に続く四季折々の星空と音楽を、これからも、何度でも味わいたい。

■高野麻衣(音楽ライター)

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