子供のころ、母親が1冊の本を買って読み聞かせてくれました。これがわたしと「銀河鉄道の夜」との出会いです。わたしはこのお話が大好きになり、天を流れる銀河の描写にわくわくしながら自分で何度も繰り返し読みました。日常の風景とはちょっと違った、この光る星空の野原の風景を、文章を頼りに想像するのが楽しかったのです。そしてわたしはこのころから星の世界にも強くひかれていきました。わたしは「銀河鉄道の夜」の世界で遊んでいるうちに、想像力を養えたのかもしれません。そして天文趣味へも導いてくれたのでしょう。このように子供のころから想像していた「銀河鉄道の夜」の景色を、目に見える形で表現したいと思い始めました。それもあやふやな印象ではなく、目の前に本当に広がっているかのようなはっきりとした形で。それはわたしの探求心というか、この物語には本当にどんな景色が書いてあるのか見てみたいと思う強い興味なのです。宮沢賢治さんは、大正時代の花巻の風景を見て育ちましたから、そこに1つの原風景があると考えました。古い資料にあたったり、現場に何度もおもむいて、風景を体感しました。また当時花巻で賢治さんが乗ったものと同じ汽車に乗車体験もしました。取材でも特に楽しかったのは当時花巻を走っていた岩手軽便鉄道の廃線跡をたどったことです。昔鉄道があったところにはレンガの煤けたトンネルや橋の跡があったり、道路になってもその軌道がゆるやかなカーブを描いていたり。野原に敷設された線路の枕木の間に花が咲いているだけでわくわくして1日そこでゆっくりしたい気持ちになりました。
そしてもう1つの原風景は星空。賢治さんはほんとうに星空が好きだったんだと、同じ星好きのわたしは強く感じます。天の川の微妙な光りを観察して地形に置き換えたらきっとほんとうにあのお話の風景になりそうだと思えるのです。そんな感覚を大事にして作品制作に取り組みました。銀河鉄道が走る野原には、無数の三角標が立っています。これは銀河鉄道の世界の上空からみると、ちょうどわたしたちが星空を見たときに見る星座の形に並んでいます。同様に銀河も上空から見ると天の川に見えるはずです。わたしはコンピューターを使い、何千という三角標を仮想世界の野原に並べ、汽車の視点での風景を再現してみました。そこにはほんとうに原作文のとおりの風景が現れました。制作にあたって、わたしは原作をバイブルにしています。疑問にあたったときは必ず原文を読み返します。ある日、原稿の資料を見ていましたら原稿用紙の片隅に、「要挿画」というメモ書きがありました。これは賢治さんが「銀河鉄道の夜」を出版するときに挿絵を入れたいということのようです。わたしはこれを見て、自分のやっていることが賢治さんにも喜んでもらえるのではと安心しました。わたしの「銀河鉄道の夜」の絵創りは完成していません。これからも制作を続けます。わたしはこのままずっと銀河鉄道に乗っていたいのです。